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大阪高等裁判所 平成2年(行ケ)8号 判決

原告

辻山信子

右訴訟代理人弁護士

北岡満

被告

奈良県選挙管理委員会

右代表者委員長

赤坂実

右訴訟代理人弁護士

鍋島友三郎

右指定代理人

田中義雄

外五名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が平成元年一〇月二九日執行した奈良県議会議員(大和郡山市選挙区)補欠選挙の効力に関する異議申出につき、被告が平成二年三月二八日になした決定を取り消す。

2  右選挙を無効とする。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、平成元年一〇月二九日執行の奈良県議会議員(大和郡山市選挙区)補欠選挙(以下、「本件補欠選挙」という。)について、同年一一月一〇日被告に対し選挙の効力に関する異議の申出(以下「本件補欠選挙異議申出」という。)をしたところ、被告は、平成二年三月二八日、この異議の申出を棄却する旨の決定(以下、「本件決定」という。)をした。

2  本件補欠選挙は無効であるから、本件決定は取り消されるべきである。その理由は、以下のとおりである。

(一) 公職選挙法(以下単に「法」という。)三四条三項によると、補欠選挙は、「地方公共団体の議会の議員及び長の場合にあっては、その選挙を必要とするに至った選挙についての第二百二条(選挙の効力に関する異議の申出及び審査の申立て)、第二百三条(選挙の効力に関する訴訟)、第二百六条(当選の効力に関する異議の申出及び審査の申立て)又は第二百七条(当選の効力に関する訴訟)の規定による異議の申出期間、審査の申立期間若しくは訴訟の出訴期間又は異議の申出に対する決定が確定しない間、審査の申立てに対する裁決が確定しない間若しくは訴訟が裁判所に係属している間は、行うことができない。」とされている。

(二) 本件補欠選挙における「その選挙を必要とするに至った選挙」とは、昭和六二年四月一二日執行の奈良県議会議員(大和郡山市選挙区)一般選挙である(以下「本件親選挙」という。)。そして、本件親選挙について、原告は同年四月二七日右選挙の執行が法一四四条の二、二〇条等に違反するものとして異議の申出(以下「本件親選挙異議申出」という。)をなしたところ、被告は平成元年九月一六日右異議申出を棄却する旨の決定をした。そこで、原告は、右決定の取消及び本件親選挙を無効とすることを求め、大阪高等裁判所に平成元年一〇月一六日提訴し、同訴訟(以下「本年親選挙訴訟」という。)は同裁判所第八民事部に係属している。

(三) しかるに、被告は、本件親選挙につき右のとおり争訟中であるにもかかわらず、法三四条三項の規定に違反し、敢えて本件補欠選挙を執行した。したがって、本件補欠選挙は無効であり、また、本件補欠選挙の執行は違法でないとして原告の異議申出を棄却した本件決定も取り消されるべきである。

3  よって、本件決定の取消及び本件補欠選挙の無効の判決を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2(一)(二)の事実は認め、同2(三)のうち被告が親選挙について争訟中本件補欠選挙を執行したことは認め、その余の事実は争う。

3(一)  任期満了による奈良県議会議員選挙(本件親選挙)は、昭和六二年四月一二日に執行されたが、その選挙区は一六に分かれており、定数三名の大和郡山市選挙区はその一つであり、同選挙区で行われた本件親選挙により阪奥明、小泉米造及び上田三郎の三名が当選した。ところが、右阪奥明が大和郡山市長選挙に立候補するため平成元年六月二日県議会議員を辞職し、右上田三郎が同年九月一二日突然病死したことにより、右大和郡山市選挙区の定数三名のうち二名までもが欠員となってしまった。

右のように、大和郡山市選挙区における欠員が二名となったときから地元大和郡山市では、その代表が右小泉米造を残すのみとなり、同市及びその住民は幾多の困難な問題を抱えている折りでもあり、住民からの補欠選挙執行についての要望が日増しに高まり、また、同市議会からも補欠選挙執行についての要望書が提出されるなどして、地元大和郡山市においては補欠選挙執行が熱望されていた。

(二)  原告は、本件親選挙が無効であるとして被告に対し本件親選挙異議申出をしていたが、その内容は、単に憶測、推測に基づくもので、本件親選挙を無効とするような選挙の規定違反や、その規定違反のために選挙の結果に異動を及ぼすおそれなどがあるとは全く考えられないものであった。

なお、原告は、本件親選挙異議申出の申出人資格たる選挙人となるため昭和六一年一二月二〇日神戸市兵庫区三川口町二丁目五番一三号から大和郡山市城南町一番六号に住所を移したが、本件親選挙異議申出を成し終えるや、昭和六二年六月三日再び前住所地に住所を戻している。

(三)  被告は本件親選挙異議申出につき早期に結論を出すべく努力していたが、原告及び本件親選挙異議申出についての代理人である辻山清は、本件親選挙異議申出をしたものの、その審理に協力するどころか、右代理権付与にかかる原告の委任状を提出するよう命じた補正命令に半年間も応じず、また、審理に必要な口頭意見陳述の機会を付与するための期日指定書あるいは反論要求書等を送付しても受領せず、家族に対してもこれを受領しないよう指示し、さらには、審理を数か月にわたって停止するよう被告に申し入れするなど、真に被告の審理、判断を求めて異議申出をしたものか極めて疑わしい態度でこれに臨んでいた。

そして、原告が平成元年八月一〇日急に口頭意見陳述機会付与申請を取り下げた後、被告は審理を終えて同年九月一六日本件親選挙異議申出を棄却する旨の決定をした。

(四)  公職選挙法に基づき適性に選挙執行事務を行うべき責務を有する被告にとって、通常の場合は、争訟係属中、法三四条三項に則り補欠選挙を回避すべきことはもちろんであるが、本件のように全く親選挙に影響を及ぼすことのない内容で、かつ、真摯に被告の判断、審理を求めているとは考えられない、ただ一人の異議申出のみが存在する事例であってみれば、本件補欠選挙を行うことにより本件親選挙の結果を不安定、不確実にするなどということは全く考えられないのみか、地方において、本件補欠選挙を行わないことにより地方自治の本旨の中核をなす住民自治実現のための住民の基本的権利である代表選出の権利を失わしめる結果となることは目に見えており、被告としては、かかる特殊な事情下において補欠選挙不執行の決定をなすことはできないと判断して、平成元年一〇月二九日本件補欠選挙を執行するに至った。

(五)  本件親選挙異議申出及び本件補欠選挙異議申出についての原告の代理人である辻山清は、これまで選挙の都度、法を形式的に解釈してこれを悪用し徒に選挙の妨害をしてきたのみならず、理由にならぬ選挙あるいは当選の無効原因を並べたてて異議申出及び選挙訴訟を繰り返してきており、本件親選挙にかかる訴訟もその一例にすぎない。原告の訴訟提起によって、本件親選挙が無効とされるおそれは全くない。

(六)  法三四条三項の立法趣旨は、「親選挙について選挙又は当選の効力に関する異議の申出期間等又はこれらの訴訟が提起されたときは、その訴訟が裁判所に係属している間などは、親選挙の結果がいまだ未確定の状態にあり、仮に再選挙、補欠選挙等の事由が生じたとしても、親選挙が全部無効又は一部無効となったり、親選挙の当選人の全部又は一部の当選が無効となる可能性がある。このような不確定な状態のままで次の段階の再選挙、補欠選挙等の手続を進めることは、甚だ選挙手続の確実性ないしは安定性を害するものであり不合理であるので再選挙や補欠選挙等は行わないこととされる」ことにある。

右立法趣旨に照らしてみると、本件のように本件親選挙異議申出が原告の権利濫用にあたる場合については、同条項を形式的に適用して補欠選挙の執行をしないことはかえって地方自治の本旨に反する結果を招来してしまうことになるから、右の場合で、親選挙の異議申出の内容からみて親選挙の選挙手続の確実性、安定性を損なわない極めて例外的な場合には、補欠選挙の執行が許されるものとすべきである。

(七)  以上によれば、本件補欠選挙は法三四条三項違反を理由に無効とされるべきではない。

三  被告の主張に対する原告の反論

1  親選挙に対する異議申出の内容如何によっては補欠選挙の執行が例外的に許されるとする被告の主張は絶対に許されるものではない。法三四条三項が、異議申出、審査申立あるいは争訟中は補欠選挙を行うことができないと規定する趣旨は、親選挙についての争訟があるときは親選挙につき有効か無効かが不確定であるため、不安定な状態で補欠選挙を行うことは適切でないとし、争訟の結果が予測し得るか否かを問わず画一的に一切の補欠選挙の執行は許されないということにある。そして、右条項は何ら例外規定を設けていない。仮に、親選挙に対する異議申出の内容を当事者である被告が一方的に選挙手続の確実性、安定性を損なうおそれなしと判断できるとすると、争訟中は補欠選挙を行うことができないとする法三四条三項の趣旨は全く没却されてしまう。法は、親選挙に対する異議申出については裁判所の判断を最終のものとし、裁判所の最終判断がでるまでは補欠選挙の執行を待つべきものとしている。被告の主張によれば、裁判所の最終判断を待つまでもなく被告の判断で補欠選挙の執行ができるとしているが、被告が親選挙に対する異議申出を理由なしとして補欠選挙を執行した後、万が一親選挙が裁判所の判断で無効となったとき、被告は一体どうするつもりであろうか。

また、法二二〇条では、選挙についての訴訟が提起されたときには、裁判所の長はその旨を、自治大臣に通知し、かつ、関係地方公共団体の長を経て当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会に通知しなければならないとされ、訴訟が係属しなくなったときも同様とされる。そして、補欠選挙は、棄却の確定判決書の謄本の送付を受けた日から五〇日以内に行うこととされている。右のとおり、法は親選挙についての訴訟係属中は補欠選挙を行わないことを前提とした規定を置いているが、本件補欠選挙の執行を許すと右規定にも違反することになる。

2  被告は、法三四条三項の規定を十二分に知っていたし、辻山清から事前に本件補欠選挙を執行しないよう申し入れを受けていたのに、敢えて本件補欠選挙を執行したが、本件においてはこれを敢えて行わなければならない程の緊急性、必要性がなかった。すなわち、奈良県議会は定数四七名であり、二名の欠員によって議会運営に支障をきたすことは全くなかった。また、奈良県議会の方から早く補欠選挙をしてくれとの申し入れはなかったし、大和郡山市議会の要望書なるものも被告の決定前のものではない。

3  原告の親選挙についての異議申出及び選挙無効訴訟は、選挙民全体の利益である選挙の適性な執行を求めてなされたものであり、原告の私利私欲に基づくものではない。民主主義の根幹たる適正な選挙を望んで原告が止むにやまれずなした行為である。そして、その性格は、行政の合法性、合目的性とそれによる一般公共利益の保護を目的とする民衆訴訟であり、選挙人なら何人でもこれを提起することができるとされている。国民の基本的権利を行使した原告の本件親選挙についての異議申出等を、被告主張のように権利の濫用とすべきではない。

4  原告が、親選挙についての異議申出及び訴訟において、選挙無効原因として主張しているのは、第一に、辻山清に対する大和郡山市選挙管理委員会の担当者の本件親選挙についての教示に重大な誤りがあったこと、第二に、公営ポスター掲示場に違法な管理執行があったこと、第三に、不在者投票手続に瑕疵があったことなどである。そして、右訴訟において右選挙無効原因について証拠調べがなされているが、このことは右訴訟が権利濫用と取り扱われていないことを意味する。

5  本件親選挙及び本件補欠選挙に関係のない他の選挙等における辻山清の争訟等の行為は、本件親選挙の効力あるいは本件補欠選挙の効力とは全く関係がない。

6  被告は、本件補欠選挙の違法執行を糊塗するため、徒に原告及び辻山清の行為を中傷しているが、原告及び辻山清のいままでの異議申出等により選挙執行が是正されていることを見過ごすべきではない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1の事実、同2(一)(二)の事実及び同2(三)事実中被告が親選挙について争訟中本件補欠選挙を執行したことは、当事者間に争いがない。

二そこで、被告が本件親選挙についての争訟中に本件補欠選挙を執行したことが、法三四条三項に違反するか否かについて判断する。

法三四条三項は、補欠選挙を必要とするに至った所謂親選挙についての選挙争訟が未確定の間は補欠選挙を行うことはできないと規定しているが、同条項の規定の趣旨は、もし親選挙についての争訟が未確定の間にも補欠選挙の執行が許されるとすると、その後右争訟により親選挙が無効とされるようになった場合、補欠選挙の効力も問題となり、無駄と混乱が生ずることになるので、これを回避するために親選挙の効力が否定される可能性のある争訟未確定の間は、補欠選挙を行うこと自体を許さないとしたものである。したがって、法三四条三項に違反して行われた補欠選挙は、選挙執行の重大な手続的前提要件を欠くものとして、選挙の結果に異動を及ぼすおそれの有無を問うまでもなく、無効とされるべきものであると解される。しかしながら、右規定の趣旨に照らせば、親選挙についての選挙争訟が未確定の状態にあるときでも、その争訟により親選挙が無効とされることがないことが客観的に明らかである場合で、かつ、右争訟の提起ないし維持が争訟する権利の濫用と認められる場合には、例外的に補欠選挙を行うことができると解すべきである。なぜならば、民主政治の要である議会の議員の欠員を充足するために行われる重要な選挙である補欠選挙の執行の必要性がある場合に、法三四条三項は右の趣旨によりその執行を許さないとするのであるから、補欠選挙の執行が許されないのは実質的に見ても法三四条三項の趣旨に即した場合でなければならないからである。

三そこで、本件が、法三四条三項の例外である「争訟により親選挙が無効とされることがないことが客観的に明らかである場合で、かつ、右争訟の提起ないし維持が争訟する権利の濫用と認められる場合」といえるか否かにつき検討する。

前記争いのない事実及び証拠(〈書証番号略〉)によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、辻山清の姉であるが、昭和六二年四月二七日辻山清を代理人として被告に対し本件親選挙を無効とする決定を求める異議申出をし、被告により平成元年九月一六日右異議申立棄却決定がなされるや、さらに、同年一〇月一六日右異議申立棄却決定の取消及び本件親選挙の無効等を求める訴訟を大阪高等裁判所に提起したが、右各争訟において本件親選挙には次のような選挙規定違反があり、それが選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあるから、本件親選挙は無効になると主張した。

(一)  大和郡山市選挙管理委員会が辻山清に対し当該選挙区の住民票及び選挙人名簿に登録されていない限り本件親選挙に立候補できない旨不法な教示をしたので、辻山清は立候補できず選挙の自由を妨害された。

(二)  ポスター掲示場につき、次の選挙規定違反がある。

(1) 大和郡山市議会議員選挙のポスター掲示場の上に本件親選挙のポスター掲示場を張りつけることにより両者を一体化させ、混同させて選挙の公正を阻害した。

(2) ポスター掲示場の設置数の基準が法に違反する。

(3) ポスター掲示場の設置場所が公衆の見やすい場所とはいえないから法に違反する。

(三)  選挙人名簿は杜撰であり、また統一地方選挙の特例の解釈を誤り選挙時登録、異動、年齢要件等を違法に処理した。

(四)  有効票、無効票が各候補者の得票を通じ混入されており、各候補者の得票数及び投票の効力の再点検を要する。

(五)  法令規定の定めによることなく、投票区の設定を羅列的に変更した。また、これにかかる選挙人名簿の調製は法二〇条に違反する。さらに、投票区の告示方法に「・・・属せざる」等の不明瞭な表現をすることは、違法である。

(六)  遠距離、過大投票区の配慮なく、特定地域の候補者に有利な投票区の増設を行ったことは、選挙の公正を害する。

(七)  二月二八日に異動停止をしたことにより、投票の利便を拒否された選挙人の苦情も数百件あり、法六条及び一条の目的に違背する。

(八)  投票所入場券の選挙告示前の発送は、法三三条に違反する。

(九)  投票立会人を特定候補者支持の婦人会、自治会会員から選任し、また、特定候補者を支持する者が構成員となっている明るい選挙推進協議会が選挙啓発を行い、特定の者への利便をはかった。

(一〇)  不在者投票は「止むを得ない事由」がないとできないのに、被告は右事由の明らかでない不在者投票を多数(八〇〇以上)認めた。また、被告は、不在者投票の宣誓書の記載見本の理由の欄に「旅行」と記入して投票者に不法な不在者投票を誘導した。さらに、代理投票の事由のない者の投票(二〇)もあった。

(一一)  不在者投票記載台に候補者名簿を張りつけ、氏名掲示禁止に違背して、選挙人を誘導した。

(一二)  不在者投票外封筒の公印刷り込みは、規定に反する。

(一三)  不在者投票において、投票用紙の流出、立会人、交付者、管理者の区分不明及び立会人の署名のないままの投函などがあった。

(一四)  市選挙管理委員会の杜撰な選挙人名簿管理のため、宛先不明ということで実在者の投票所入場券が返送されてきたが、これは法一九条、二〇条、二一条、二九条、公職選挙法施行例一〇条に違反する。

(一五)  無証紙看板、事務所なき場所への掲示を容認したことは、法一四三条一六項に違反する。

(一六)  法一四六条違反の文書図画を放置したことは、法一四七条に違反し選挙の公正を阻害する。

2  本件親選挙についての前記異議申出を受けた被告は、原告の主張する親選挙の無効原因を調査検討したところ、右(三)、(四)、(六)、(八)、(九)、(一一)、(一三)、(一五)、(一六)については事実がなく、右(二)、(五)、(七)、(一〇)、(一四)については一部事実が認められるがその余の事実を認めることができず右一部事実のみでは選挙規定に違反せず、右(一二)については事実は認められるが選挙規定違反にあたらず、右(一)については事実(誤った教示)は認められるがこれを打ち消す事実(翌日右教示を訂正した。)も認められるので選挙規定違反にあたらないことが判明し、それゆえ、原告の主張する右(一)ないし(一六)はいずれも選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあるか否かを判断するまでもなく無効原因にはならないとの調査検討結果を得るに至った。

そして、被告の右調査検討結果に疑問や不審を抱かせるに足りる証拠は全く存在しないから、右認定事実によれば、本件補欠選挙を執行するにあたっては前記訴訟により「親選挙が無効とされることがないことが客観的に明らかである場合」であったといえる。

四次に、左記の各括弧内の証拠によれば、左記の各事実が認められる。

1  辻山清は、昭和六二年三月一二日、大和郡山市選挙管理委員会に電話をし、当時奈良市に住んでいた辻山清が本件親選挙(大和郡山市選挙区)に立候補することができるか否かを尋ね、立候補することはできない旨同選挙管理委員会事務局長出原義孝に教示された。しかし、翌一三日、右出原義孝は、被告に問い合わせをして右立候補が可能であることを知り、電話で辻山清に直接右立候補が可能である旨伝えるとともに、その旨記載した資料を同人に送付した。辻山清は、右訂正により自己が本件親選挙に立候補できることを十分認識したにもかかわらず、敢えて、原告の代理人として、右不当教示のため同年四月三日告示、同月一二日執行の本件親選挙に辻山清が立候補することができなかったと主張して本件親選挙についての異議申出をし、これを遂行した。そして、原告も、本件親選挙訴訟において、右不当教示を本件親選挙無効原因の一つとして主張している。(〈書証番号略〉、証人高塚康文の証言)

2  辻山清は、昭和六二年四月二七日、本件親選挙異議申出をする際、原告の代理人として、被告に対し、法二一六条二項、行政不服審査法二五条一項に基づき口頭意見陳述機会付与申請をしておきながら、その後多忙を理由に右口頭意見陳述のための期日指定に協力しなかった。そして、平成元年八月一〇日、突然口頭意見陳述機会付与申請を取り下げた。(〈書証番号略〉、大森光三郎の証言)

3  平成元年一〇月二〇日、本件補欠選挙の選挙期日の告示があり、その立候補届出の受付がなされたが、原告代理人辻山清は、黒眼鏡をかけ盲人の振りをして受付会場に現れ、受付順を決めるくじ引きの際、被告の受付係員のネクタイや体に触ったり、くじ棒二〇本全てを取ってみたりするなどして右くじ引き事務の進行を遅滞させ、さらには、トイレットペーパー三本にそれぞれ立候補届出書、宣誓書、所属党派証明書の所定事項を書き込んだものを提示し、これを原告の立候補届出として受理をするよう受付係員に執拗に迫って受付事務を混乱させた。(〈書証番号略〉、証人大森光三郎、同高塚康文の各証言)

4  原告は、本件補欠選挙において、その所属党派を「奈良県選挙監視委員会」と届け出て立候補していたが、右選挙の選挙運動期間中である平成元年一〇月二三日及び同月二五日、原告の選挙運動用自動車は「こちらは、奈良県センカンでございます。市民の皆さん、当選人失格によるこの無効選挙を投票されますか。それとも棄権されますか。市民の皆さんの大事な選択の一つです。」「有権者の皆様、こちらは奈良県センカンの推薦候補、辻山信子、辻山信子でございます。」などと連呼した。連呼された右「奈良県センカン」という言葉は被告の奈良県選挙管理委員会の略称と紛らわしく、右連呼が被告によってなされていると受け取る選挙民もおり、被告に抗議の電話が多数かかってきた。(〈書証番号略〉、証人大森光三郎、同高塚康文の各証言)

5  原告は平成元年一一月一〇日本件補欠選挙に対し異議申出をなしたが、原告は本件補欠選挙当時奈良市に住所を置いていたので本件補欠選挙につき選挙権を有しておらず、本件補欠選挙に立候補して初めて右異議申出をする資格を得ることができたものである。(〈書証番号略〉、証人大森光三郎の証言)

6  昭和六一年七月六日執行の参議院議員通常選挙の立候補届けについて、辻山清は、受付順を決めるための二つのくじのくじ札に自己の名称として「太陽の使者日光仮面」と記載するに際して一文字あたり約二〇秒もかけて、受付事務を遅滞させたが、自己の受付順が最下位になることが判明すると、立候補届けをせずに退去した。

さらに、同日執行の衆議院議員総選挙の立候補届けについて、辻山清は、受付順を決めるための二つのくじのくじ札に右同様の方法で「月よりの使者正義の味方月光仮面」と記載して受付事務を遅滞させたが、自己の受付順が最下位ではなかったので、蝶番で連結したベニア板三枚に立候補届出書所定事項を記載したもの及び縦三メートル横五メートルくらいの大きさに張り合わせた模造紙に宣誓書所定事項を記載したものを立候補届けとして受理するよう受付係員に迫り受付事務を混乱させたが、後順位の者を繰り上げて受け付ける取扱いがなされるようになると立候補届けをせずに退出した。(〈書証番号略〉、証人高塚康文の証言)

7  昭和六一年七月六日執行の奈良県議会議員(添上郡奈良市選挙区)補欠選挙について、辻山清は、同月二一日、右補欠選挙に対し異議申出をするに際し、異議申出書を約三五〇〇片の断片にしたものに割り印を押しこれに糸を通して繋いでレイのような形にしたものをもって異議申出手続をしようとした。(〈書証番号略〉、証人高塚康文の証言)

8  昭和六二年四月一二日執行の奈良県議会議員(添上郡奈良市選挙区)選挙について、辻山清は、同月二八日、右選挙に基づく当選の効力に関し異議申出をしようとして、着古した布地の男性用下着(U首アンダーシャツ)の脇より下を四つに切り分けたものに異議申出書所定の事項を書き込み、これを被告に提出した。被告はこれを通常の様式の異議申出書に改めるようにとの補正命令を出したが、辻山清が右命令に従わなかったので、被告は同年六月二三日右異議申出を却下した。(〈書証番号略〉、証人高塚康文の証言)

9  平成元年七月二三日執行の参議院議員通常選挙の選挙区選出議員選挙(定数一名)の立候補届けについて、辻山清が、自己を含む九名分の立候補届出手続を一人で行うと称して、受付順を決めるためのくじ引きに際し、立候補予定者ないしその代理人が同時に引くこととされていたくじ棒を一人で右九名分引くためだとして机の上に座り、両手両足及び口を使ってくじ棒を引こうとしたため、受付事務が遅滞した。そして、辻山清は、右九名分の立候補届出書の不備の補正を命ぜられると、これに応じることなく退去した。(〈書証番号略〉、証人大森光三郎、同高塚康文の各証言)

五前記争いのない事実、右認定の四の1、2の事実及び前示三の1、2の事実によれば、原告は、本件親選挙について被告に対し、これが無効である旨主張して異議申出をし、右異議申出が棄却されると、右異議申出棄却決定の取消及び本件親選挙無効の訴訟を提起し、一方本件補欠選挙に立候補し、本件補欠選挙が執行された後に、さらに本件補欠選挙が親選挙について無効訴訟の係属中であることを理由として、本件補欠選挙の無効を主張して異議申出をし、これが棄却されるや本件訴訟提起にいたったものである。しかも、本件親選挙について原告の主張する無効原因としての事実は、その事実が存在しないか、一部事実は認められるものの選挙規定違反にあたらず、「親選挙が無効とされることがないことが客観的に明らかである場合」にあたり、親選挙の異議申出の際、被告に対し法二一六条二項、行政不服審査法二五条一項に基づく口頭意見陳述機会付与申請をしながら、多忙を理由として被告の期日指定に協力せず、約二年四か月後にいたって突然右口頭意見陳述機会付与申請を取り下げるなど、その争訟を行う姿勢に相当性を欠き、右事実に前示四の3ないし9の事実をも併せ参酌すると、原告の本件親選挙についての各争訟の提起ないし維持は権利の濫用と認められる場合に該当するというべきである。

もっとも、右四の3ないし5の各事実は、本件親選挙訴訟提起後の事由で本件補欠選挙及びその異議申出に関してのものであるが、これらは本件親選挙無効等の訴訟の係属中に生じたことで、しかも本件親選挙を前提とする本件補欠選挙に関することであるから、これらの事実も、本件親選挙についての前記各争訟が争訟権の濫用にあたるか否かの判断資料の一部とすることができるというべきである。また、右四の6ないし9の各事実は辻山清自身に関するものであるが、辻山清は本件親選挙及び本件親選挙異議申出について原告の代理人として深く関わり原告の行為と同一視される面もあるから、辻山清自身の他の選挙に関する行状も右判断の資料として参酌することができるというべきである。

結局、本件は、法三四条三項の例外である「争訟により親選挙が無効とされることがないことが客観的に明らかである場合で、かつ、右争訟の提起ないし維持が争訟する権利の濫用と認められる場合」にあたるということができるから、本件補欠選挙は、親選挙についての争訟係属中に執行されてはいるが、法三四条三項には違反しないことになる。

六以上によれば、原告が本件補欠選挙の無効の原因として主張する法三四条三項違反の事由は認められず、原告の本件補欠選挙異議申出を棄却した被告の本件決定は正当である。

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大久保敏雄 裁判官妹尾圭策 裁判官中野信也)

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